2007年07月10日

『言葉』の【プラス力】と【マイナス力】

<7月10日の格言>

言葉を交わすことによって私たちは、
勇気づけられ、慰められ、喜びをあたえられます。
と、同時に、
人を傷つけ、見下すという愚かな過失も犯します。
言葉は人間の運命をも変えるほどの大きなものです。

                        「藍色の便箋」(三浦綾子)


《自分の言葉が誰かの運命を変える。そんな経験をしたことのある人も少なからずいるんじゃないだろうか。
何気ない言葉ほど影響力があったりするんだよなぁ…。
                            (コメントby.熊谷)》



現実の世界でも・・・、
ネットの世界でも・・・、

言葉の『温かさ・元気が出るエネルギーの素晴らしさ』と、
凄まじい攻撃力・破壊力・恐怖』とを経験してきましたし、
今も、我が身を顧みての反省を含めて、折々に『言葉とは・・・』を感じています…。



古来より日本では、
『言葉には言霊(ことだま)・呪(しゅ)が宿る』と言われています。

(プラス)の言葉には、プラスの力が宿り、
(マイナス)の言葉には、マイナスの力が宿る…と。

つまり、発せられた言葉によって、“その通りになってしまう・してしまう”ということ。。。

それから、
“自分が相手に発した言葉は、きっといつか自分にも同じ様に返って来る”ということも言われています。

畏怖の気持ちを禁じ得ません。。。


…実はここ数日で私が受けた『言葉』で
苦しくて哀しくて辛い気持ちになったこと”と
嬉しくて勇気が貰えたこと”を交互に体験した私には、
今日の格言はタイムリーでした。。。


最後に、
万葉集』から、私が大好きな歌を紹介してこの記事の締めとします。


『磯城島(しきしま)の大和(やまと)の国は言霊(ことだま) 

助くる国ぞ 真幸(まさき)
くありこそ』 (柿本人麻呂)
(訳…「日本という国は、言葉に宿る魂が人を助け、幸せにする国であるよ。」)

※解釈にはいろいろあるようですが、私はこの訳が好きなので…(^-^)


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2007年06月21日

社交のコツ

●6月21日の格言●

社交の秘訣は、真実を語らないということではない。
真実を語ることによってさえも、
相手を怒らせないようにする技術である
               (萩原朔太郎)


あぁなるほどなって思ってしまいました。
あたしは今までずっと"真実を語らない"のが社交術の秘訣だと思ってた口なので、目からウロコがポロポロと落ちた気分で…。
だけどどっちにしてもあたしにはその技術がないことに変わりはないんですよね。
あたしにもその技術があるといいな、と心の底から思います…。
                              (コメントby.伊織)



…『真実を語ることによってさえも、相手を怒らせない』。

実家の母は、この能力に素晴らしく長けています。。。

たまにこの事を母に言うのですが、
「え?私って、そぉお〜?」と不思議そうです。

意識せずに出来る、益々もって羨ましい!



…え?私?




下手くそです…_| ̄|○iii



ただーしexclamation×2

母の『羨ましい能力』は、
“あくまでも、他人に対して”です。

私ら娘(私・妹)には、モロ“直球”で来ます。(我が子だから、気軽に思うからなのか…)

かれこれ40数年生きて来ましたが、グサ〜〜ッ!と来た事、何度あったことか…もうやだ〜(悲しい顔)

しかし、その"直球"も、無意識&悪気無く言ってるらしい。。。
(悪気ありで意識して言われるのも怖いですが・・・)

「あの時、こんなことを言ったんだよ〜!」
と話の流れの中で出しても、
「え?そんなこと言ったの?アラそれは、ごめんねー晴れ
・・・・・・こーんな感じです。。。

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2007年05月21日

今日は『小満』。キット、身近ニ、アルヨ…^^


今日は、“24節気”の『小満』だそうです。。。


◇5/21(月)は二十四節気・小満。

“小さな満足”と書いて【小満】。
暦の上では、初夏の陽気に恵まれ、植物スクスク生長して、生き物の活気がみなぎる頃。
私達にとっても、爽やかな陽気で過ごしやすい季節です。◇

(※SoftBank=旧Vodafon=配信『ステーション』の〔天気予報〕〜(株)ウェザーニューズ〜より)


。。気がつけば、
夏の鳥“ヨシキリ”の爽やかな啼き声が河原から聞こえて来てるじゃないですか〜(*^^*)

周りの若葉も輝くような緑色で、
空も真っ青で、
まさに“生き物の活気がみなぎって”います…!


そして今日の『小満』に、先週土曜日の〔タラクカタル・『Words』〕がシンクロしたような不思議で嬉しい感動を覚えます…。


…実は土曜日(5/19)
『Words』の言葉に、思わず泣けてしまったりしてた私なのでした…。。。その言葉は…。

(続きはこちらからどうぞ・・・^^)


今日は『小満』。キット、身近ニ、アルヨ…^^" target="_blank" title="web拍手 by FC2">web拍手 by FC2
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2007年03月24日

これぞ、政の基本

“未知(の領域)ネタ”をちょっとお休みして(あとちょこっとあるのですが)…。

かわいい久しぶりのタラクカタル『Words』ネタ記事、行きまーす!かわいい



◆◆3月23日の格言◆◆

受けつぎて国の司の身となれば
忘るまじきは民の父母

          [上杉鷹山 (うえすぎ ようざん)]


「この言葉は、上杉鷹山が17歳で米沢藩主となった時に決意表明として詠んだものなんだそうです。
藩主という立場になったからには、民の父母になったつもりで務めるという意味なのか、民を自分の父母と思ってという意味なのか。
あたしにはそこまでは読み取れないけど、どちらにしても17歳でそう言えるのはすごいと思います。」(コメントby.伊織)



出ましたッ・・・!鷹山公〜!('▽^*)b⌒☆

わが郷土・山形県の誇る名君と言っても過言では無いお方、上杉鷹山公は米沢(よねざわ)藩・第9代藩主です。

“上杉”…、そうです。
かの『上杉謙信公』も名を連ねるのが米沢藩でございます。

近代先進文化真っ直中にある今の世も、上杉鷹山は『鷹山公』と呼ばれ親しまれ、特にお膝元の米沢市周辺(つまり、旧・米沢藩)では大切に崇め奉られています。

※鷹山公についての詳しい記事はコチラ(Wikipediaより)をご覧くださいませ。。。(^∀^)


コメントの中で伊織さんもおっしゃってますが、17歳という若さであれだけの言葉が出せたというのは、正に鷹山公が『名君』としての器量の持ち主だった事の証しだと思います。

ただし。
…その昔は15歳で『元服』、つまり“大人”と見られていました。
なので、いくら“17歳”といっても、『鷹山公』の時代の17歳と現代の17歳とは比べるのは少し無理があるかな?と思いましたが…ヾ(^_^;


伊織さんのコメントには、
『民の父母になったつもりで務める』のか『民を自分の父母と思って』なのか解らないけれど…とありましたが、
私はズバリ後者、
『民を自分の父母と思って』
の意味だと思えるのです。

つまりは、
“政には民ありてこそ。民の幸せを考え、民を大事にしてこそ”
という意味なのではと。


今まさに統一地方選もスタートし、また、安倍内閣の今後の行方や国政・生活の行方も国民の大きな関心事です。

さあ!
現在『政治家』の肩書きを持つみなさん、また、これから持とうとするみなさんの中に、
“民を自分の父母と思って”いる人は一体どれだけいるでしょうね
ぇ…?(^o^?)

立派な公約を“言うだけ”で終わってはダメですよ〜!(*'へ'*)

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2007年02月04日

『あるある』関係諸氏・各社、そして全てのマスコミへ贈る『格言』

今回はタラク格言4連発です!
(今回はタラくカタルのパーソナリティさんのコメントは割愛させていただきましたm(_ _)m)

その1
◆◆外見の輝きに目がくらみ、
なんとたやすく間違った意見を作ってしまうことだろう
◆◆
             (モリエール)



その2
◆◆望みを持ちましょう。
でも、望みは多すぎてはいけません
◆◆
     (ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)




その3
◆◆心は正しい目標を欠くと、
偽りの目標にはけ口を向ける
◆◆
      「エセー」より(ミシェル・ド・モンテーニュ)




その4
◆◆失敗については多くが語られてきた。
成功より面白いからだ
◆◆
            (マックス・ビアボウム)






・・・人間、誰でも色んな『こうなりたい』願望を持っています。
健康然り、美容然り、etc.etc.


だからこそ今回の『あるある』捏造は許せません。

願望を食い物にし、視聴率のネタにするそのゆがんだ根性!

『踊らされる方も悪い』
それはそうかもしれません。
が、そういう情報にすがりたい心理を食い物にするマスコミの在り方は絶対に許されてはいけないと思います。

ここで言う“マスコミ”とは単に関西テレビや『あるある』製作関係者だけを指すのではありません。あらゆる情報を流している全てのマスメディアを言います。

例えば、
ライバル局が不祥事をやったら各局こぞって“叩く”だけ

叩くのもいいけれど、もっと流すべき大事なニュース・情報ってあるでしょうがっ!o(><;)(;><)o

例えば、耐震偽装の被害者救済問題はどこに消えたの?

鳥インフルエンザの対策措置は進んでるの?
「○○町でまた鳥インフルエンザが出ました」って流すだけじゃなくて、ニワトリ用のワクチンを開発してるかしてないかの情報を調べたりしなくていいの?

死活問題に直面している人達がいっぱいいるのに、それをマスコミは忘れている!


何のためのマスメディアか、基本を思い出しなさいッ!ちっ(怒った顔)ちっ(怒った顔)


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2007年01月31日

コンビニのゴミ箱は自動仕分け機じゃない。

今や無くてはならない存在のコンビニ。
私もしょっちゅうお世話になってます。
食料品や子供のおやつ、日用品や本の購入や受け取り、通販の払い込みなどなど。。。

普段行くお店は決まっていて、店員さんやオーナーさんと顔見知りにまでなるほどの常連だったりしますヾ(^_^;


さて先日、我が家の近所のコンビニで買い物をした時の事。

店員さんとちょこちょこっと世間話をして店を出て、車に乗り込みドアを閉めようとした時です。
私の車の隣りの隣りに停まった車から、1歳くらいの赤ちゃんを抱いたガタイの良いお父さんが店に入って行きました。
ほぼ同時に件(くだん)の車の辺りからカンカラーンと空き缶が落ちた音が聞こえたので、ふと私はそちらの方を見ました。

すると空き缶一本を片手に、もう一方の手に小さいレジ袋(ゴミが入ってるらしい)を持った若い女性がゴミ箱に歩み寄って来ました。

彼女はまず空き缶を『カン』のゴミ箱に入れました。
…ここまでは良かったんです。

問題はその後。
『燃えるゴミ』のゴミ箱に彼女が押し込んだ袋の中身が私の運転席から見えたのです。

驚きました。
袋の中には空き缶が!

私はつい、彼女に
「袋に缶が入ってますよ〜」と声を掛けました。
なんと彼女はいささかムッとした顔で
「ちゃんと分けましたけど」と言ったのです。

袋の口は結ばれて無く、中身が丸見え。
明らかに缶が入っているのに…どこが『分けた』のやらと、私はもう一度
「袋に缶が入ってるんですけど?」(この辺はオバサン根性だと自分でも思いましたが、どうしても見過ごせず…)
しかし今度は彼女は無視(-"-;)

さすがに私も頭に来たので、黙って車を降り、彼女が捨てたばかりの袋に手を突っ込んで空き缶を引っ張りだし『カン』入れににわざと音がするよう投げ込みました!

しかーし!缶はまだ入ってるではありませんか!
私は再び手を突っ込み、2本目の缶を取り出し『カン』入れに。
呆れた事に袋にはもう1本の缶が!それも取り出し『カン』入れに投げ込みました。

そして私は車に戻りました。
すると彼女は素知らぬ様子で店の中へ。
しかも、彼女の旦那が開けっ放しにしたドアを閉めもせず、です。

私は腹立たしいのを通り越し、そんな親に育てられる赤ちゃんの将来を憂いてしまいました…。

山形市はゴミの分別基準はそれほどキツくはないようです(もっと細かく分けている自治体もあると聞いたことがあります)。
今のところレジ袋は『燃えるゴミ』に入れてもいいので、生ゴミを入れて捨てるのに便利です^^;
しかし、缶は小学生でも『燃えないゴミ』と判り切っているのに、いい大人、それも親の立場の人間が平気で規則破りするなんて…と腹が立つやらガッカリするやら(-"-;)

それにコンビニのゴミ箱のゴミを分けるのは店員さんなのです。
『それも仕事でしょ?』と彼女のような人は言うかもしれません。

冗談じゃない!ちっ(怒った顔)
『余計な仕事の手間を増やしているのは誰だ!マナー知らずのアンタたちだろーがっっ\(`O´θ/』
自分達が飲み食いしたゴミの分別くらいしっかりやれっ!\(`◇´*)ノ



この出来事で思い出したタラクカタルの格言があります。

◆◆例えあなたが少数派であろうとも、
真実は真実なのです
◆◆
             (マハトマ・ガンジー)


多数が正義、みたいな風潮は昔からあるものなのでしょうが、少数派となることを恐れて真実から目を逸らす行為は、よけいに自分を苦しめる結果を招きかねませんよね。
(コメントby.魚住)


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2006年09月22日

まさにその通り!

久々のタラクカタル格言ネタです^^


『家庭は一番最初の、しかも一番重要な品性の学校である』
                     (サミュエル・スマイルズ)

〜真織's コメント〜
噂では、しつけも学校でやってくれって言うお父さん・お母さんがいるんだとか。
そういうのって筋が違う!っておもうんだけどなぁ。


もう、格言と真織さんに大・賛・成!です手(グー)





話はガラリと変わります。

昨日、テレビを見ていたら、
ある『健康にはこれがいいぞ』系(笑)の番組の予告をしていました。

"こないだは別番組で杜仲茶だったけど、今度はなんだ?"と見ていたら、なんと



バナナ!でした(≧▽≦)

長男も一緒に見ていて、ゲラゲラ笑いながら2人で、

「あっはははははは!今度はバナナ、売れるぞーっっっ!あっはははははは・・・」
こういう親子です
手(チョキ)手(チョキ)

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2006年05月09日

笑える『幸せ』。

◆◆5月9日の格言◆◆

薬を十錠飲むよりも、
心から笑った方がずっと効果があるはず。
            (アンネ・フランク)


"笑いの効用"というのはとても素晴らしいものだと思います。
悩みや痛みを和らげて優しい思い出に変えてくれるということもありますよね。
悲しかった思い出に少しの笑いを混ぜると不思議と楽しい記憶になっていることもありますし、
ある種の症状に対しては"笑い"は薬よりもはるかに効果があると私も思います。(コメントby.ゆき)




心から笑うって、できて当然のように思われることが多いかと思います。


ですが、私は6年前に鬱病を発症してから数年間、心から笑うという事が出来ませんでした。
お笑い番組を見ても笑えない。(というか好きだったテレビも見る気力が湧かなかった・・・)
作り笑いさえ、苦痛なのです。。。

そんな私でしたが、あるとき、『おかしくて、心から笑っている自分』に気がついたのでした。(何で笑ったか思い出せませんが・・・)
鬱の治療を初めて何年経った頃でしょうか・・・。

"ああ、私、笑ってる!笑えてる・・・!"

健康な頃は笑うということは、本当に自然で、できて当たり前で、というものだったのに、その時初めて『笑えている自分が嬉しい』と思えたのです。


鬱病は未だ完治していません。服薬と通院での治療中です。
症状の波もあります。
訳もわからず落ち込むこともしばしばです。

ですが、今は笑うことは出来るのです。
何より私を笑わせてくれるものは、我が子とダンナです。

いつも楽しそうで笑いが絶えない5才の娘はともかく、
長男は高校2年生。
次男は中学1年生。
ともに『思春期』と呼ばれる時期真っ只中にも関わらず、彼らは私やダンナと実に良く喋るのです。
ダジャレを言ったり、オヤジギャク言ったり、人の揚げ足を取ったり(イタズラっぽく)、そしてシモネタ話まで。

アハハ・アハハと笑いながら、家族に感謝感謝の私なのです・・・。


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2006年03月07日

判っちゃいるけど・・・^^;

◆◆3月7日の格言◆◆

何でもそうだけど、
あんまりうまくなると、よっぽど気をつけないと、
すぐこれ見よがしになってしまうものだ。
そうなったら、うまくも何ともなくなる。

        「ライ麦畑でつかまえて」より(J・D・サリンジャー)




自信を持つことと得意になることとは別物よね。
得意になると、自分の足元が疎かになってしまうもの。
"自慢高慢馬鹿のうち"(どんなに素晴らしい能力があっても、それを自慢したり偉ぶったりする人は馬鹿と同類である)なんて言葉もあるし、せっかくの才能が逆に馬鹿にされる原因になってしまう、なんてことのないようにしたいものね。
(コメントby.響子)



********************************

格言ネタ、久々です。。。


今日の言葉を見て、正直ドキッ&ズキンとしてしまった私です・・・^^;

まったくの自画自賛・手前味噌ですが、私も趣味のイラストやら詩やらをHPで公開しています。

私自身、自分の作品には満足しきれていない部分が多いです。
サイト繋がりで知り合えた『お絵描き人』の皆様の力作・秀作を見せていただくにつけ、『はぁ〜、自分はまだまだだ。上には上があるもんだ。』と、感嘆したり「どうやって描いたんだろう」と分析^^;してみたり。。。

しあわせなことに、日々勉強させていただいてます^^

例えば、画像ソフトの某Photoshopを知る事が出来たのも、ペンタブレットで絵を描くのを知ったのも、その方々のお陰です。

そして、使い方を試行錯誤しながらも少しずつ覚えていって、自分で作品が描けるようになったのも、その方々にいい影響を受けたお陰といっても過言ではありません。

ただ、私は高校時代は美術部、結婚前の数年も職場での油絵サークルで油絵三昧の日々を送ってきたお陰で、絵に関しては全くのシロウトでは無いと言う自負は少なからず持っていました・・・^^;

自分で上手く描けたと思ったら、やっぱり褒めてもらいたいのが本音だったりします。。。^^;

サイトを立ち上げたのも、やっぱりいろんな人に見て欲しい・感想を寄せて欲しい(この感想というのは、もちろんプラスの・・・ですが^^;)というのが理由です。

おかげさまで、遊びにいらっしゃる皆様方からはいつも温かいお言葉を戴いてて、本当に感謝の一言です。

だけど、・・・・・・・・どこかで『天狗になっている自分』がいるという感じはいつも頭の隅っこにありました。

そんな私に、今日の格言。。。^^;
ああ、ちょっとズキン。。。というわけでした。。。(ーoー;)


が、この格言で思い出した言葉があったので検索してみました。
それは、某大河ドラマ『独眼竜 政宗』の中にも出てきた『得意平然・失意泰然』という言葉です。
まさに格言どおり!と思って、なんの気なしに「だけど、誰の言葉だったかな・・・」と調べたところ、残念な事に『古人の言葉』としか出てなくて・・・。。。

まぁいいかぁ・・・検索を止めかけた時に目に、こんな項目が映りました。

『相田みつをさんの詩』というものです。

その詩の中にも、『得意泰然 失意淡然』(泰然じゃなく、みつをさんは『淡然』と書いてらっしゃいました)という言葉が入っているのです。ですが、格言とはちょっと違った捉え方をした詩に私の『ズキン・・・』はフッと軽くなったような感覚に・・・(*^0^*)

こういう詩です。



得意泰然
失意淡然
古人のことばです
得意の時も平然
失意の時も淡々
顔色一ツ変えない
ふだんと同じ
という意味ですね

ところで自分は   ?
とてもとてもそんなわけには……
得意有頂天
失意ゲンナリ
ちょツとよければすぐのぼせ
ちょツとわるけりゃすぐしょぼん

そんなわたしでも
仏さまがちゃんと生かして
くれるんですね
得意有頂天
失意ゲンナリ

そのままで
そのまま少しも修正なしで
生かされてきて
生きてきて
きょう花の下
いま草の上
わずかな酒に酔ってます

       「花の下・草の上 (相田みつを)」




最後の『わずかな酒に酔ってます』という行(くだり)が、『度を越さず、ほんのちょっとだけなら、自分に酔ってもいいんじゃないの?』というメッセージに思えて。。。

格言、然り。

みつを氏の詩、また然り。。。

自分に自信を持って自分を褒める事はいいけれど、ほどほどが大切ということなのでしょうね・・・。難しいけど・・・。

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2005年12月30日

今年の記事納め。

◆◆12月30日の格言◆◆

人は望む通りの事ができるものではない。
望む、生きる、それは別々だ。

くよくよするものではない。
肝心な事は、望んだり生きたりする事に飽きない事だ。

「ジャン・クリストフ」(ロマン・ロラン)



望みは常に叶うとは限らないけど、望みを持たずに生きてると"望みが叶った"って嬉しさもないわけで。
何だかそれって"宝クジは必ず当たるわけじゃないけど、買わなかったら絶対当たらない"みたいな感じもあって…いつでも望みは持ってたいな。
小さなものから、とても叶いそうにない大きなものまで。
(コメントby.伊織)




***************

いよいよ今年も今日を含めてあと二日。

今年を振り返って『いい年だった』とか『嫌な年だった』とかは言うまいと思います。過去は戻らないものですから。。。

何よりも、今年もそれなりに元気で平和に生きられた事に感謝して、家族やお世話になった人達に感謝して、温かい気持ちで新年に向かいたいと思います。


たまたま今日の格言が、『生きる事・望む事への気持ちの大切さ』というものだったのも偶然じゃなく必然だと思いました。

タラクカタルにも、心より感謝します。。。


皆様、佳いお年をお迎えください。



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2005年11月04日

きっかけは、『卵』。

◆◆11月4日の格言◆◆

幸福に恵まれるために知恵はいらない。
しかし、この幸福を活かすためには知恵がいる。
(ユダヤの諺)


今の幸福にただ浸りきってるばかりじゃなくて、知恵を働かせる事ができたら身近な人達にも、この幸せをお裾分けする事ができるのかも。
一人より二人、三人で味わった方が、幸福感も増す気がします。(コメントby.伊織)

******************************************


・・・久々、格言ネタです。

タイトルの『卵』と、この格言がどう結びついたのか。。。

それは、去る11/2 (水)に放映(再放送)されたNHK福祉ネットワーク『音無美紀子 うつ体験 〜夫と歩んだ回復への道〜』の中に出てくるあるエピソードに『卵』が出てきたのです。

音無さんは、10年以上の昔、乳癌の手術を受けてから、次第に鬱状態になっていったのだそうだ。最悪のときは、死ぬ事も思ったと。

次第に変わっていく・・・自分。
次第に変わっていく・・・妻。

そのときのお互いの状態や気持ちを、時に淡々と、時に涙を浮かべながら語る音無さんと夫君の村井国夫さんのお話が、私自身が一番辛かった時期にダブってしまって仕方がありませんでした。

音無さんの最悪時の状態に、"ああ、そうだ、そうなんだよ、状態が症状が一緒だ・・・!"と自分を重ねた私でしたが、村井さんのこの言葉でハッとしました・・・。

「自分の妻がだんだんおかしくなっていくのを、ただ見ているしかできない自分。

寝るときは家族一緒に1つの部屋で寝て、せめて手を握ってあげて『大丈夫だよ、大丈夫だからね・・・』と言う事しかできないでいる自分。

だけれども自分には(役者という)仕事があるから出かけると(妻の暗い顔を見ずに済むから)ホッとしている自分がいる。
そして、そういう自分を嫌悪している自分も、また同時にいる・・・。
時には何も出来ずにただただ子供を抱きしめておいおい泣いている時もありました・・・」



ああ、ダンナもきっとそうだったんだ・・・と。。。

申し訳けない気持ちと、こういう私を受け入れてくれているダンナへの感謝の気持ちで一杯になってしまいました・・・・・・。

そして、音無さんの『今思えば、これが多分、鬱から脱出できたと思われるエピソード』が音無さんご自身から話されたとき、一瞬視界がぱぁっと開けたように思えたのです。

それが、『卵』なのです。


娘さんが小学校に上がって初めての夏休み。

宿題がいろいろある中で、絵日記があったそうです。

絵日記は親が何かの『お膳立て』をしないと特に一年生は無理な作業・・・。

どうしようかしらと悩んだ挙句、音無さんは娘さんに「何がしたい?」とたずねたのだそうです。

すると返ってきた返事が「ママとお料理がしたい」。

そのころの音無さんはまだまだ暗い世界の中にいて、まさに家事もなんにも出来ない状態だったのだそうですが、
「・・・・・・。お料理・・・お料理・・・じゃあ、目玉焼きを作ろうか」
となって、台所に行って、フライパンを熱し、油を引いて、卵をパカンッと割った・・・。

割った卵が、崩れずにきれ〜いにフライパンに落ちたとき、

「ああ、できた。
私は卵を割る事ができた!
きれいに割る事ができた!」

と思った途端、涙がパタパタパタパタッと溢れてきたのだそうです・・・・・・・・・。



「『鬱から脱出したきっかけは、何?』と聞かれたら、多分、それがそうなのかもしれない・・・」と音無さんが仰るのを聞きながら、私は、今までの自分のあり方を180度とは行かないまでも、かなり『音無さんの"卵のエピソード"が私を光の方向に向けさせてくれた』と思ったのです。

「できないことばっかりで、苦しい」
のではなく、
「○○だけでも、できた!」
と思うこと、それだけでも気持ちは少しずつでも明るい方を向けるじゃないか・・・!と。。。


私がこの番組を見たのは、まったくの偶然でした。

たまたま、夜、何かないかなーと新聞を見た(それが、その番組が始まるわずか5分くらい前だった)時に、目に入ったのがこの番組のタイトルだったのです。

音無・村井夫妻の話を聞き逃していたら・・・私はきっとまだ『暗い方向』を向いていたかもしれません。

そして、今日の格言への『知恵を働かせる事が出来たら、この幸せをお裾分けする事ができるのかも』という伊織さんのコメントを読んで、私は、体験を紹介してくださった音無・村井ご夫妻の『幸せをおすそ分けする知恵(音無さんの体験は、決して"幸せ"なものではなかったと思いますが、結果的に御夫婦の絆をより深められた貴重な体験とすれば、それも『幸せ』に入ると思います)』に結びつくのではないかと思ったのです・・・。



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2005年09月12日

マツリゴトの行方・・・

◆◆9月12日の格言◆◆


政治は正しいか、あるいは正しくないか、常にそのどちらかでしかない。
                         (田中千禾夫)



[コタロー's コメント…そしてその、正しい、正しくない、という判断基準も人それぞれですよね。今度の内閣はどうなのか、興味津々だったりします。]


今回の総選挙は自民党の圧勝で終わった。

これからの日本の政治の行く先はどうなるか…本音を言えば不安の方が大きい。
『多数』がモノを言う『民主主義』は、裏を返せば『多数派思想』の暴走の怖さが常に付き纏っているということ。


人間の行動に、損得抜きのものは殆ど無いに等しいだけに、なおさら今後の日本を動かす『閣僚センセイ』と『議員センセイ』達の『良識ある政治と議会運営』を切に!願うばかりだ。


某・国営放送を長々と使っているにもかかわらず、いつも野次は飛び・人の話は聞かず・質問への回答がとんちんかんで・他人の揚げ足取りばかりの、小学生の学級会以下のヘタクソ議会なんか見たくも無い。

そんな人達の給料に税金使われてると思うと腹が立つ。

真剣に『国民に必要な政策』を考え実行してくれ!と言いたい。

どうも議員センセイがたの行動・言動は、『まず自分が損をしないように』見えて仕方がない。



国民に選ばれたあなた方には、その期待に応える義務があることを忘れないで欲しい。

当選は『ゴール』ではなく、日本の未来の行く先を決める『スタート』なのだから。


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posted by 実桜(みお) at 12:08 | 山形 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | *タラクカタルWordsのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

『小言』は誰でもイヤだけど。

◆◆8月28日の格言◆◆


人に小言を言われた時に腹を立てるな。
腹の立った時に小言を言うな。
                     (新島襄)




[コタロー's コメント…小言に腹を立てればその裏に潜む真意が見えなくなる危険があり、腹を立てた時の小言は単なる自分の不満の解消にしかならない気がします。
だけど小言というのは腹が立った時ほどよく出てくるものだったりするのですが…]






「叱られてるうちが、華だよ」

昔、そう、社会人として勤めを始めた時、両親からこう言われたのを忘れられない。

『叱られる』とは、仕事でミスしたり不手際があった時、誰かが面と向かって『注意』『指導』してもらえる、ということ。

自分は『まだ経験が少なく、見込みがあるから叱られている』ということ。


が、裏を返せば、
『ある程度経験を積んで行くと、失敗しても誰も注意してくれない。
そして何より、陰で悪口を言われるようになる』

…これほど怖い物はないと思う。


私は両親の言葉のお陰で、挫けそうになっても『教えてもらってるんだから』と思い直して頑張る事ができたのだと思う。


ただ、それには大事な要素があったと考える。

それは、『信頼できる人からの小言だから、受け入れられた』ということ。


叱られれば誰だってカッとなったり落ち込んだりする。

でも、それが収まって『自分の非を気付かせてくれたんだ』と思うと、叱ってくれた人に感謝の気持ちさえ湧くのは自分でも嬉しかった。


ただ、信頼の置けない人からの小言は、即イヤミ・皮肉の『言葉の暴力』にしか取れなくなる。

なぜなら、その人の言葉に『温かい心』が無いのが解ってしまうから…。



今の子供・若者は「叱られた事がない」と良く聞く。

親世代にも「叱った事はありません。」と自慢げに言う人も。。。。。


『鉄は熱い内に打て』

『他律道徳』(周りの人から教えられて知る道徳・常識・マナー)


日本には昔からこんないい言葉があって、昔はそれが常識だった。
いわゆる近所の“かみなり親父”や“お節介おばさん”が、いい意味で存在していた。
他人の子だろうと、悪い事は悪いと教えてくれて、叱られた方もアカンベーをしながらも頭で自分の非を認めていた。

でもそれは人と人との信頼が世の中に満ちていたからこそできていたんだろうと思う。


今は、よかれと思って注意しても「ほら、おばちゃんから怒られちゃったでしょ」となる(-"-;)

これでは『勇気を出して注意した』方は立つ瀬が無い。

でも、考えを少しずらすと、注意した方の『口調』『使った言葉の種類』も、相手がカチンと来てしまう物だったかもしれない。

今日の格言にもあるように、『腹が立った勢い』で注意するから相手には受け入れられないのかもしれない。

注意するにも相手の様子に合わせた『言葉選び』も今の世には重要なのかもしれない、ある意味淋しい事だけど。



まぁ、小言の対象になる最たるものは我が子…。

『叱る時は叱る!多少の体罰(ゲンコツ・お尻ペン)も必要』の我が家だが、言葉は選びたいと思いつつ、やっぱりガガーッ\(`o'")となってしまう…。


息子よ、娘よ。

まだまだ未熟なかあちゃんだけど、君らに『常識・道徳』を知って欲しいから、叱るのだよ。

それだけは解ってね…。









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2005年08月15日

『自分』の成長のために。

◆◆8月15日の格言◆◆

他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、
それは恥ではない。
だが、去年の自分より今年の自分が優れていないのは
立派な恥だ。
                        (ラボック)



[コタロー's コメント…他人と自分を比較しても意味がない。
比較するのであれば過去の自分と、という事で。
僕自身は十年前よりは成長している、と思いますが、去年と比較した場合はどうなのでしょう…劣っていないのを祈るばかりです。]



…うーん(ΘoΘ;)

ズシーンと来る今日の格言…。


とかく、私も含めて人間は、自分を『他人と比較』しては優越感に浸ったり、逆に落ち込んだり妬んだり…。

どうしても他人と比較するなら、その対象となる相手は『生まれも育ちも自分と全く同じ人』を選んで初めて『比較』できるんだよなぁ…。でも、そんな人なんか絶対いる訳ないんだから『他人と比較』なんか意味が無いんだよねぇ、うん。

本当に比較するなら対象は自分自身なんだ。

『今』の自分は、例えば去年の自分より少しでも優れたところがあるか、なんだ。。。


ただ、他人と『比較』は出来ないけれど『競う』ことは出来ると思う。


この場合の『競う』は、良い意味での高め合いのこと。

例えば。

短距離走が得意な者同士、とか。

勉強が好きな者同士、とか。

ピアノが得意な者同士、とか。。。


今の世の中、特に子供を取り巻く環境は、やたら『平等に』なんて言うけれどそれは絶対おかしいと思う。


運動会の駆けっこにしても、「遅い子が落ち込まないように」なんて『配慮』と称する“過保護”をやっている。


運動が得意な子がいれば、勉強が得意な子がいれば、絵が得意な子がいる。


『過保護な平等』は、1人1人の“未来の才能の芽”まで潰してしまってると思えてならない。

幼い頃から平等・平等で育つから、自分の秀でた部分に気付けずに、余計に他人を意識して、妬んだり僻んだり落ち込んだりしてしまうんじゃないか…と。


自分は、こういう分野が好きだ・得意だ。だけど、こういう分野は苦手だ。

あいつは自分が苦手な分野が得意だ、だけどあいつのああいう所を真似したら、自分も少しは苦手分野を克服できるかもしれない…。

ああ、こういう意味での『比較』だったらアリかな。
あくまでも『自分』を自分で把握した上で、『相手のいい所を取り込む“努力”のため』の『相手との比較』。


それにはやっぱり、自分というものを知って認めて、『自分育て』をして、前に進まないとダメだよね。


自分のライバルは自分、ということなんだなぁ…。







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2005年08月10日

たかが愚痴、されど愚痴。

◆◆8月10日の格言◆◆
いかなる理由があろうとも、愚痴は決して役には立たない
(エマーソン)



[コタロー's コメント…口を開けば愚痴ばかりの人の相手は疲れるけれど、いつも黙々と頑張っている人を見ると心配になったりもします。
ガス抜きの役目を果たしていると考えるなら、役に立たないという事もないのでは…]



今日のエマーソンの格言には賛同しかねる私。

コタローさんが言うように『ガス抜き』の愚痴は絶対必要だと思うから…。


鬱で、17年やってきた保育士を退職するまでの最後の数年間、私は実家に息子を迎えに行くとつい母に愚痴をこぼすことがあった。


実の母だからという気安さがあったからだったが、ある日、母が言った。

「帰って来てから仕事の愚痴は言うな!」と。


今思えば、いい年の娘がぐちぐちと言うのを聞かされた母も嫌だったのだなと判るが、その当時の私は一杯一杯の状態で、愚痴を言い合える気の置けない同僚も先輩も無く…。


唯一、一番身近な女性の『母』なら判ってくれるだろうとタカを括っていたのかもしれない。


だから母から言われた一言で私は(ああ、もうお母さんには『弱い自分』を出せない、出しちゃいけないんだ)と、血がスーッと引いて行く感覚さえ覚えた…。

でも、救いは旦那が「うん、うん」と聞いてくれたこと。

母に言えなくなった分、愚痴る対象は旦那だけになってしまったのだけれど、怒らずに聞いてくれた旦那…。


自殺さえ頭にポンと浮かぶ状態だった私が、今生きていられるのは旦那のおかげだと思う。

ある時ついに「もう、辞めたいなぁ」と呟いた私に、
『そんなこと言わずに頑張れ』とは言わずに、
「からだ壊してまで働く事無いよ」と言ってくれたあの日のこと、忘れない…。




************************************************************************


娘と旦那が植えたオクラが真っ盛り。。揺れるハート

毎日数本ずつだけど、ありがたい旬の味・・・^^

今日も花が咲いていたので写真に撮った。アオイの花とそっくり♪
okura.jpg

白っぽく見えるけど、淡い黄色というかクリーム色の花弁♪

見て良し、食べて良し。








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posted by 実桜(みお) at 13:47 | 山形 ☁ | Comment(5) | TrackBack(0) | *タラクカタルWordsのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月09日

語尾に『い』が付く言葉には・・・。

テンプレを替えた^^

立秋過ぎたので・・・。一足お先に『秋』仕様。




◆◆8月9日の格言◆◆

行く言葉が美しければ、来る言葉も美しい。
                      (韓国の諺)



[コタロー's コメント…上辺の美しさでは意味がないですよね。
美しい、優しい、そんな気持ちを言葉にこめれば、相手からも同じように温かい感情がこめられた言葉が返ってくる。
逆もまたしかり、ですね。
時には、美しい言葉を投げかけたのに、汚い言葉を返される事もあるかもしれません。
だからといって、それにつられて自分も汚い言葉を投げ返してしまってはいけないんでしょうね。
非常に難しいですが…]



『売り言葉に、買い言葉』というものがあるように、言葉は、腕力よりも『力』を持つもの。

以前、保育士時代の研修会での、こういう話が心に残っている。

「『嬉しい』『美味しい』『哀しい』『きれい』などの、語尾に『い』が付く言葉はすべて心が伴うものです。

今の世の中は、大人も子どももこういう言葉が出る機会が少ないように思えます。

保育者として、子どもたちの心を豊かにしていくお仕事のあなた方には、特に、こういう言葉を大切にしていってほしいと思います。

大人がまず、心を震わし感動し、言葉で表現する。

それが子どもに伝わっていくのです・・・」




これを聞いたとき、私も改めて『形容詞は心情を表す言葉』なんだと思った・・・。

喜怒哀楽、いろんな心情がある。

そのときそのときの気持ちの言葉を大事にしたい。

でも、相手に伝える時は常に相手の気持ちも考えて言わないと、という難しさも同時に生じてくる。

相手を傷つけるつもりでなくとも、相手の受け取り方で正反対の意味で取られてしまうことも往々にある。
「そんなつもりで言ったんじゃないのに・・・」というときだ。。。もうやだ〜(悲しい顔)


皮肉な事に、相手を考えて言ったときほど、言葉が上手く選べなかったりする。。。

丁寧に言ったつもりが慇懃無礼に取られたり。。。

言葉って、難しいね。。。










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posted by 実桜(みお) at 17:03 | 山形 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | *タラクカタルWordsのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月05日

存在意義。

◆◆8月5日の格言◆◆


この世には、役に立っていないものなんか一つもないんだよ。
例えば、この小石だって役に立っている。
空の星だってそうなんだ。
君もそうなんだ。
              (フェデリコ・フェリーニ)



[コタロー's コメント…自分は具体的に何の役に立っているのか、無性に知りたくて仕方がなかった時期もありましたね。
「自分は何かの役に立っている」今はそれでいいかなという気がします。]




自分は誰かの役にたっているか。自分は必要とされているか。

頭のどこかでいつも考えているのかもしれない。




保育士をしていた頃、ある園長から『無能』の目で見られていたあの辛さ…。

頑張っても頑張っても自分を認めてもらえない辛さ。

同僚や後輩と比較され、陰口を言われ嫌味を言われる辛さ。

頭が真っ白で思うように動けないでいる自分がいる辛さ。

どうしたらどん底の思いから這い上がれれるかも解らず、もがいてもがいていたあの頃…。


そして、鬱病の発症。

今でも時おり、その園長から比較されている夢を見る…。



人間は誰だって1人だと言うが、1人では生きられない。

自分の『存在意義』は生きるための心のエネルギーだと、今しみじみ感じる。

息子や娘に「お母さん」と言われる幸せ。

わが子に自分は『母』として認められている・・・ようだな。必要とされている・・・ようだな。

それだけでも、今、幸せ。

自分を否定されない、幸せ。









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2005年08月03日

幸せって、なんだっけ。

◆◆8月3日の格言◆◆


「完璧な人間」でなくても、誰もあなたを嫌ったりしない。
幸福になれるのは持っているものに気づき、それに感謝の念を抱いた時だ。
                   (フレデリック・ケーニッヒ)

[コタロー's コメント…誰かに嫌われるのも幸せになれないのも「完璧じゃないから」ではないはず。
大事な部分さえおさえていれば、あちこちに落ちている幸福の種に気づく事ができるのでは。]



…自分は生きている。

それだけでも十分幸せなのかもしれない。

生まれたくても生まれ出られなかった命、生きたくても無事に朝が迎えられないかもしれない世界…。


そういう『現実』もある中で、自分は今生きている。

命をもらって生かされている。





確かに、上を見ればキリがない。

隣りの芝生は青い。


だけど、世の中の人がみんな、自分が『自分』の本質を受け入れ、自分の中の何が『幸せ』かを見極めて大事に出来れば、無い物ねだりで周りをも不幸にしてしまうことはないのかもしれない…。


『幸せ』の基準なんて、在って無いようなものだから。。。

考え方次第なんだなぁ・・・。









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2005年08月01日

人生のご馳走。

◆◆8月1日の格言◆◆


幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。
食えはするがご馳走にはならない。
無駄な物、無用な物、余計な物、多すぎる物、何の役にも立たない物、
それがわしは好きだ。

                   「レ・ミゼラブル」(ビクトル・ユーゴー)


[コタロー's コメント…必要な物だけの人生は味気がないし、かといって無駄な物ばかりでも困りもの。
バランスが大事なんでしょうね。
僕も何だかんだで"大いなる無駄"を愛する人生を送ってる気がします。]




久々の格言ネタ復活。

以前、『人生には無駄なものはない』という記事を書いた事があった。

小・中学時代に受けた苛めの辛さや、双子を早産で亡くした哀しみや、鬱病に向き合っている今の状況を書いた。

全てが『辛い・悲しい・キツい』事だけれど、それを経験したからこそ得られた大切なものは確かにある、と書いた。



ユーゴーの言葉を借りれば、負の経験は時間をかけて『ご馳走』になったのだなぁ、と思う。

辛い経験は思い出すのも辛い。

けれど時間という魔法は、辛さの中にひっそりと蒔かれていた『糧』という種を確実に育ててくれていたのだと思う。

何が幸福で、何が無駄かなんて、その場では誰も決められないのかもしれない。

人生の最期が近付いて初めて、気付くのではないかと、今日の格言を見て改めて思った。


『今日』という日は二度と来ない。

だから無駄かどうかを考える前に一度しかない『今日』を大事にすれば、コタローさんが言うように『無駄かもしれない事』も愛して生きられる日が送れる気がする。










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2005年07月21日

祈るしかない。。。

◆◆7月21日の格言◆◆


この世で何が悲しいと言って、
自分が色々の事を知りながら、
無力のためにそれをどうにもできぬ事ほど悲しい事はない
                    (ヘロドトス)



[コタロー's コメント…この世界のどこかで今日も誰かがきっと、本人には何の責もない出来事のために苦しんだり悲しんだりしているのだろうと思います。
そんな世の中に疑問や不満を抱いても、結局、何をどうすればそれが解決するのかが全く判らない、或いは、判ってはいてもそれをするだけの力がない、そんな自分自身の小ささが1番悲しい、と思う事がよくあります。


…ああこの格言は、ズバリ、『病床のばあちゃんに、今、何もしてあげられない悔しさ』にジタバタしてる私…。


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posted by 実桜(みお) at 16:56 | 山形 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | *タラクカタルWordsのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする