自分が、同じ立場になったら。。。。。
家族が、同じ立場になったら。。。。。
いったい私はどういう生き方・死に方をするだろう。。。
とても重いテーマの映画でしたが、
『生きること』、『死を思う怖さ』、『残される者の在り方』、を考えさせてもらえました。
一日 一日 生きていられることが とても しあわせなのだと。
そして、
一日 一日 確実な【死】に向かい合うということは とても 勇気の要る事なのだと・・・。
観に行ってよかった・・・!
ちょっとだけネタバレになりますが、
ホスピスに入った主人公がラスト近くで言うセリフに、泣けました。
「・・・やっぱり 死ぬのは 怖いよ・・・」
延命治療も拒否して、身辺と気持ちの整理をつけたはずの彼でさえ、
「死ぬのは怖い」と言わしめる『確実に来るその時』。
私も怖くなりました。
いつかは来る『その時』。
明日かもしれない、今日のうちかもしれない、逆にずっと先かもしれない。
だけど、判らないから、
一日一日を、一瞬一瞬を、大事に生きられたらいいなぁと、思います。
・・・実行は、簡単なことではないでしょうが。。。考えないよりずっとマシかと。。。
この映画、大人は勿論ですが、中学生・高校生に是非観てもらいたいです。
映画教室で取り上げて欲しい映画だと、本当に思いました。
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そのときが来たら、潔く(?)従うつもりですが「生」に未練が残らないという自信はありません。
「万が一のとき、延命は無しね。」と、ダンナには言ってあるのですが ・・・。
昨年の今頃は、鬱の絶好調。自分の心を「生」に向けるために、大変難儀をしておりました。この頃はさすがに落ち着き、刃物を持っても安心していられます(苦笑)。
自分から「死」を引き寄せることだけはせず、その日その時を真面目に過ごしていこうと思っています。
『死』を迎えるのに、"余命宣告される"のと"突然"とありますよね。。
どちらも怖いです。
(映画は、前者のお話です)
これを打っている次の瞬間、そうならないとも限らない。。。。
やっぱり、死ぬのは怖い。
今の私もそうです。
>鬱。
私も『死んだ方が楽かな・・・』って何度考えたか。
今も、波が来ると、ポッ・・・とそういう考えがよぎります。
でも、『私がそういう死に方したら、家族が哀しむ』という思いがストッパーですね。
今日、この映画を観て、
"取り敢えずは 元気で 生きていられる"
この重大さを改めて想う事が出来ました。
>延命。
・・・うーん、難しいですよね。
私は・・・・・・
そうなったら どうするか 考えます・・・。
(絶対治る!という確率があるなら、頑張る・・・かな?)
なかなか難しいテーマですね。でも、毎日毎日、無駄にせず、生きてゆこうとすることは、大事だなと思います。
そう、いつ死ぬか分からないなら、その時が来た時に、「僕はもう、十分生きた」と言えるように。
そして死んだら、葬式もお墓も要りません。それは生きてる人間にとっての見栄や世間体だと思うので、邪魔にならないよう火葬したら、どこか静かなところに灰をまいて、お終いにしたいですね。
おお!カキコありがとうございます!(*´∇`*)
>その時が来た時に、「僕はもう、十分生きた」と言えるように。
『生きる』ということは『良く死ぬ事(ハルさんの仰るように、"死"をいつ迎えても良い様に)』だと、何かで見ました。
そんな生き方が出来たらいいなぁと思います。。。難しいですが^^;
>散骨。
それを希望する方もいらっしゃるようですね^^
私は、お葬式は身内だけで簡素にして欲しいですが、お墓には入ります。
お墓には双子たちが待ってますから・・・^^
こっちは、ほんとに象さんの親子のはなし(^^;)
生き残った人間の義務といいきると
語弊もあるかもしれませんが
自ら命を絶つ権利なんて、ほんとはないんですよね
若くして死ぬという悲劇は
動物界でいうところの淘汰です
強い生命力をもつものが生き残る過酷な宿命です
人間は意志や心をもつから
他個の命にまでダメージをうけてしまう
死にゆく物の意志を感じることもできます
>自ら命を絶つ権利なんて、ほんとはないんですよね。
確かに。
・・・でもねー。。。。。サイアクの時って、ほーんとに、"ふぅっ・・・"と『考え』ちゃうのですよ。。。怖いです。
>自然淘汰。
そーですよねー。それが自然の掟。仲間がやられたから・とか、病気になったから・とか、考えていられない現状が自然界。
・・・というか、ヒト以外の動物って、そういうのを『考え』るのかなぁ。。。??
>同名のアニメ。
えっ?
そんなのがあるんだぁ!o(*’0’*)o
ましゃか・・・背中ばかし映して・・・るワケないでつよねっっ(爆)